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Emancipation

Category: LGBT

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GIDについて思うこと。

gaga41_convert_20100827221042.jpg

これは少し前にLady Gaga嬢が
VOGUE誌で見せた男装画像の一部。表紙です。

非常にかっこよくて
且つ完璧で驚いたんだけど

当然この時点で
彼女は具体的、物理的な性転換手術などはしておらず
あくまでも『男装レベル』での変化を見せてくれたんだけども

これくらいイケれば
FtoMの人はずいぶん楽だろうな・・といういい方もアレかもだけど
でも、きっと楽だよね。普通にモテ要素たっぷりだし。

このパターンとは逆ケースもたくさんあるよね。

MtoFの人で
いわゆる女装が非常にうまくいくタイプの人。

オカマちゃん、オネエ、という俗称をもらって(?)
そういうことで生きてる友人が
ボクには数人いるんだけども

彼女たちは『MtoF』という
ほんとは男だけど心が女、という形の
性同一障害である場合が少なくないんだけど

彼女たちが男を愛するという行為は
『ホモ』のそれとは明らかに違うものであるというのは
認知されきれてないように思う。

彼女たちにしてみたら
彼女たちの恋愛は『ノーマル』なのであって
決して同性愛ではない。


ほんとはオカマ、とか、オネエ、とか言われるのだって
辛いという内情もあったりもする。

だって、女になりたいんだからね。
彼女たちのその『女になりたい』という気持ちの真剣さは
筆舌にしがたいくらい本物

それでもオカマとかオネエという俗称を
甘んじて受け入れることで
自分らしさをある程度保ちながら生き暮らすことに
腹をくくってる。という感じに近い。

しかしそれもしがたいほどに
腹の底から、魂からの願いとして
『真の女になりたい』と切なる思いを抱えてる人は

オカマ、オネエ、というフィルターすら辛い。

そこばかりは
どんなに危険を伴う肉体改造を施しても
どんなに女らしく振舞おうとも
戸籍すら変えて女になろうとも

病気やけがに見舞われたときに
病院にかかる際には『元男』ということになる。

あ、オカマなんだな。ってことになってしまう。

この辛さってのは、恐らく理解されづらい。



うんと前に

オカマとホモとゲイの三つ巴の(?)
セクシュアリティがらみの大げんかの仲裁に入ったことがあるんだけど

その三人の喧嘩中のいい草っていうのが
すごく面白くて
周りは仲裁に入りつつも
面白くてけらけら笑いながらだったものの

真の訴えの方向性や
本人たちの真剣さ
泣きながら「なによー!」ってなっている心情は

その場にいる皆、ちゃんとわかっていた場面だったように思う。


ホモ『ホモの癖にチャラチャラしてんじゃねーよ、きもっ!』
ゲイ『あんたたちと一緒にしないでって言ってんじゃないの、バカじゃないのあんた!』
オカマ『そ~よそ~よ!男の癖に男好きとか言ってんじゃないよ、この腐れホモが!』

ホモ『なんだとぉ!このバケモノ!黙ってろ!』
オカマ『バケモノですって~!キー!』
ゲイ『そうよ!バケモノは黙ってらっしゃい!』

オカマ『何それ!なにそれ!あんたまで!』
ホモ・ゲイ『バケモノをバケモノっつって何が悪いんだよ、このエイリアンがっ!』

オカマ『なんですって~!!』


とまあ・・・こんな具合でめちゃくちゃだったんだけども
放送禁止用語炸裂まくりで
周りは大爆笑しながら
涙目になりながらも

そこにいたみんなみんな
各自の言い分、スタンスってのを
ほんとはとてもわかっててね。うまく言えないけどさ。

最後はみんな泣きながら

あんたは女よっ。誰がなんていったって女だってあたしが認めるわっ。
あんたは立派な男だわ。美しい男と添い遂げりゃいいわ。応援するわっ。
頑張ろうねっ。うんっ。みんな頑張ろうねっ。

バケモノだけどっ、頑張ろうねっ。絶対味方だからねっ。

あたしたち、絶対いい男見つけようねっ。ねっ!ねっ!


みんな号泣だった。


女装すればいいってもんじゃないわよ。
肉体改造してないってのが偉いってんじゃないわよ。
男のまま男を好きなのの何が悪いのよ。
女になりたいのよ、その為ならどんな手段でもあたしは選ぶのよ。
女として愛し愛されたいのよ。
男のままで愛し愛されたいんだよ。

とにかく、男が好きなのよ。
あたしのやり方で、あたしの望む形で、男を愛して何が悪いのよ。



何が起因だったかなんてすっかりわからなくなってたけど


ほんとのほんとのとこってのは
もしかしたらわかっちゃなくても

真剣に恋愛対象となる人を恋して
何とかして幸せになりたいと思っているだけだという
シンプル且つ真摯な思いは、みんな同じだっていう事は

その場にいた皆がわかった夜。



そこまで努力しなくても
美しい女としてのルックスを手に入れているオカマちゃんと
どんなに努力しても
『オカマ』にしかならないオカマちゃんとの喧嘩も立ち会ったこともある。

どんなにがんばっても
女になれないの。このね。額の骨格がね・・・。
この髭がね・・・このあごがね・・・この筋肉がね・・・。
この喉仏、この首のライン、この髪の毛の生え方、もみあげがね・・・。

ひとつひとつ寂しそうな表情で
『あたしはどんなにがんばっても女になれやしないの』と
『何もかもが、死にたくなるくらいに男なのよ』と
話してくれた人もいた。



FtoMだって同じ。

男になりたいという真剣な思いに
本当に男になんかなれやしないという現実に
ただそれだけでも辛くて死にたくなる日もあるのに

あ、レズでしょ?認めるよ、性別は関係ないもんね。

なんて、わかったようなセリフに傷つき戸惑い
そうじゃないのに・・と涙をのむ。


男になりたい気持ち。
女になりたい気持ち。

自分は男として生きたいという気持ち。
自分は女として生きたいという気持ち。

それがベースにあって『自分にとっての異性を好きなのだ』という、ここは
ノーマルであるはずで、同性愛とは違う。


ただのボーイッシュな女どまりになってしまう人
難なく男らしい姿になれる人
ホルモン投与や肉体改造、性転換手術を受ける人
それらに頼らず自分らしさを模索する人

いろんなケース、いろんなパターン、いろんな人がいる。


自分はホモフォビア(同性愛を拒絶する人)ではないけど

さっき話したオカマとゲイとホモの喧嘩にもあった
時々見かけるところの
同性愛者の人から受けるGID差別は

見ていて辛くなることは事実。

その上
普通の肉体と性指向が統一している『ノーマル』な人達から受ける差別の中で

どんな思いを抱き苦しんでるかってのは
それこそ簡単には伝えられない。


すべての人に認めてもらいたいとは思えど
そこまで出来っこないことも承知で

ただほんとにもう純粋にシンプルに
愛し愛される幸せを願ってやまないだけ。

そうして生まれた愛も、同じ愛なのだとして欲しいだけ。
恋する気持ちも、同じ恋なのだとして欲しいだけ。


同性に恋しても
異性に恋しても
見た目が同性愛に見えても見えなくても

どれも同じ恋なんだよ。という、シンプルな訴え。


生まれ持った肉体と精神の性別が逆ってだけで

複雑なことになってしまっているっていうことで
そんなシンプルな恋の成就がただでさえ難しいのに

差別までされたら、心が折れてしまう。



LGBT支援というようなものを掲げているコミュニティー内で
LGBTとは『レズ・ゲイ・バイセクシュアル・トランスジェンダー』であるはずなのに

レズやゲイの人に
『今異性と付き合ってるって?仲間じゃないじゃん』と
線引きされるバイセクシュアル。

確かに(今は)仲間じゃない。でも、そうじゃないだろ。とうまく言えない。
結果、言われっぱなしで唇を噛むだけ。

タチですか?ネコですか?

この質問が、LGBTと掲げてる中では愚問となることがわかっていない。

トランスジェンダーに、タチやネコはない。

そのくらいのことがわからないで、LGBT支援コミュニティーとは片腹痛い話。


そのような場面をいくつも見てきたけど


真にセクシャルマイノリティの尊厳を訴えたいのなら
真にセクシャルフリーの世界を願うのなら

内輪で差別空気、閉鎖空気、排他空気出してどうする?


ボクは、いつもそこで胸が痛んで苦しくなる。


真に、本当に、真に
同性愛も、異性愛も、無性愛も全て愛であること。

また、愛という概念が持てないという人もいるということも併せて

男らしさ、女らしさ、という概念の重要性と
恋愛感情基盤で回る世界があるという事

それらは、どうにもできないことであるという
どうしようもなさを受け入れていくしかない現実の中で

私は男として女が好きです。
私は女として男が好きです。

私は男として男が好きです。
私は女として女が好きです。

私は男や女という枠からではなく、人を愛します。
私は恋愛感情からではなく、人を求めます。
私はセックスによらない愛を求めます。

本当にいろんな形がある。まだまだあるよね。きっと。


そんな全部を理解しようなんて到底無理。
本当に理解するってことは、そんな簡単じゃないから。


ただ、理解はできなくても
『そういうことで生きたいのね』ということは受け入れようよ。と思う。

どんな形であれ、その人の幸せを、認めようよ。と思う。


面倒なんだけどね。正直な話。

全部を認めるって、ほんと面倒が多くなるばかりなの。

だからLGBT用語があんなにたくさん生まれるし
どれかに便宜的に型はめしていかないと
まともに弁明も立証も出来にくい場面も多いし。

それでもなお

自分と違うと思しき人に対して『気持ち悪い』なんて言っちゃダメだし

勝手に決めつけてわかった風なことを言うのもできるだけ避けたいと思う。


すべての人に尊厳があること。
すべての人に、その人の望む人生、幸せを求める権利があるということ。

これを、大事にしたいと、思う。



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テーマ : GID-性同一性障害  ジャンル : 心と身体

Comments

読んでよかった。
上手く言えないけど、この文章を読んで自分の中のモヤモヤが少しラクになった。ありがとう。こんな風に思える人って素晴らしいと思う。まぁ残念なことに多数派の国だし、人それぞれかもしれないけど少なからず自分基準なところはあったりするし偏見は無くならないかもしれないけれど(._.)少しずつ少数派が多数派に近付くことくらいはできるかもしれない。
幸せになりたかったらどんなに時間がかかっても頑張って生きてかなきゃだよな…辛くて押しつぶされそうだったけどそういう気持ちでいるのは自分ひとりじゃないもんな。色々書きたくて文まとまらなかったすみません。
コメントありがとうございます。
長い文章読んでもらって、且つ少し楽になったと言うてもらえて光栄です。

無属性希望(-_-)さんの仰るように
多くの人が、また、自分自身も『自分基準』というとこがどうしてもあって
程度や事柄は違えど、みんな何らかのコンプレックスはあるはずだし
『普通とされている定義』を壊すではないけど
捉え方を少しずつ変えていく事ってきっと大事ですよね。

気付かぬうちに、その辛さや切なさから
少数派がわからもまた、多数派に対して『どうせわかりっこないだろ』みたいなとこから
逆偏見(?)みたいなものが生まれることによって
また更に辛さ切なさが増すとかもあると思うし

ある意味こう・・・
『今すぐどうこうできそうにないこと』に対して
極力大らかに捉える努力をした方が楽かな~というのもありつつ

たぶん肉体と魂がきちんと統一されて揃っていて
そのことに対してなんの疑問も不思議もないというような
完全ノーマルであってもやはり
自分の思う幸せってのは難しいのだし

少数派であることに傷ついてる暇があったら
どんどこ『そんなの関係ないぜ~』とかいう方向で
自らが明るく普通にふるまっていけばきっと

周りも『そのように』なっていくのと思います。

どのようなセクシュアリティでも『生きてるんだ!』ってとこで
堂々と幸せ探し、みんな平等にできる世の中になるといいですね。

そこで、まずは、我々から。かもしれないです。頑張りましょう!






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プリンス狂で
おおよそ頭がいかれてる脳内両性具有。
つまり、バイセクシュアルってことです。

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